日記
2025-06-09 15:46:00
仏像
東京駅のステーションギャラリーで
昨年?一昨年?東北地方の名もなき仏像を展示した展覧会がありました
荒削りに作られた木とも仏とも思える仏様は、村村を守り、個人の苦しみを抜き、みちのくの厳しい自然の中その場の人々と共に生きてきた仏様だと感じ、日記にも確かにそのときの想いを残していたかと思います
その時に円空仏も何体か展示されており。
とても共通したものを感じたことを覚えています
発願の仏と、生きるための名もなき仏像
その彫る想いに確かに同じ想いが込められているように思え。
その姿はまさに、くにつかみとも思え
円空仏が沢山に残されている千光寺は本家のある岐阜にあり、ご縁ある生駒のお寺も同じ名前で。いつか行ってみたいお寺のひとつとしてずっと心のなかにあり続けています
思えばそんな仏さまに会いたいと心から思えるようにもなり
時を重ねたということなのでしょうか
雨音の中
心洗われる想いがいたします