日記
三昧
作品かきながら…
思い返せば小学校から算数ができませんでした
あとは5なのに算数だけ3
中高も、英語と数学さえがんばったら…と言われ…
高2で数学がなくなった時に、女子校ごときの数学にあぁこれで数学から逃れられるーと叫んだのを覚えています
結果を見れば華やかな青春時代だったかもしれませんが。様々な要因で完全にテニスに伸び悩み学校行くとクラブに行かなあかんから…とそのことは親にも言わずしんどいからと学校を休み。今で言う引きこもりも経験したことも。
今考えると、親もよく休ませてくれたなと。
そのことを親に話したときに親もしっかりと受け止め学校にも話をしたのでしょうね。担任も休むということをしっかりと受け止めてくれ、なんとか通学できるように…
当時の女子校で全人教育を指針としていたということも救ってくれた一因かもしれません
新任の天理大のテニス部出身の先生が高1の時に来られ。力があるのにとメンタル的に支えてくれて。サウスポーとペアを組んでいるという特殊な私の実情をしっかり分析してくれ…様々と対処してくれ。なんとかその鎖から解き放たれ、大きく変わり、選手としても上手いと言われるように。出会いとは本当に不思議でありがたいもので、この出会いがなければまた変わった人生、人となりとなっていたかもしれません
そしてようやく勝ち取ったインターハイの権利。10年連続出場という伝統とキャプテンの責任、そして商業テニスとして選手をかき集めその年に全日本を取った新進気鋭の淀の水という学校と戦わなければならぬ環境にありながら、勝ち取った出場権でした
今考えるとよく取れたなぁと思える状況で。
でもそれも学校の大人の事情で出場権を後輩に譲らなくてはならなくなり。その時が今考えると初めての鬱の経験だったのかと
華やかに学級やクラブ活動に励み、人の先頭に立ち、意見をしっかり述べ導いて、まさにエースのように振る舞い見えていたかと思いますが
今考えれば苦労と挫折の6年間でした
流石に後輩に笑顔で出場権を譲った姿に皆大泣きしてくれて…またそれで友情やチームワークも強まり。ありがたいことでした
なんだろう
でも大学も、身体の自信もなく一旦辞めたテニスを再び続け
クラブ存続の人数が足りないという事情もあって、それとどこか不完全燃焼だったのでしょうね 体調に合わせてまたテニスをはじめて
でもその大学体育会系独特の独自の社会ということのなかで、自立し自ら考えチームとして歩むということをはじめて突きつけられ、育ててもらえたようにも思います。
できない苦しみ、報われない悲しさ
それがあったからこそ、それまでのキャプテンの踏襲ということではなく選手目線でという新たなスタイルを様々と試みさせてもらえ、また全日本クラスの選手たちが是非受験してまでも来たいという流れと、その思いは上手く噛み合って。なんとか次に繋げることができたのだと。
キャプテンせなあかんから辞めさせんと言われた、下手くそな選手はその葛藤の中から得たもので、素晴らしい選手たちそして澄んだ目を持った新任の先生に、学び鍛えられてなんとか役目を果たせました
この経験は、やはり私の中で大きな礎となっているのかと。
何もかもできて、才能溢れる素晴らしい選手を幾人も観てきて、素晴らしいなぁと嫉妬にもならない納得と憧れを感じ。でもそんな選手でなかったから、そんな全日本クラスの後輩たちの中無事キャプテンもつとめられ、一歩でも憧れの姿に近づきたいと懸命に練習も重ねたからこそ、今のこの沢山の人の中での心豊かな暮らしがあるのだなぁとも思え。
それでもまだまだまなぶべきことを与えられ、足らぬを知り、学ばせてもらっています。
そんな経験からか
三昧という言葉に惹かれ
個展のときに渾身の思いを込めた文字
この作品は誰のアドバイスも聞かず本当に描きたいように書いた文字で
最後の選別の時に全員がこの作品を選んでくれました
見る人皆さんにもこれいいなぁと言っていただき…
また白鴎賞の「和」は書家として絶大な信頼を置かれておられる先生から、その技術力を評価いただき、そして何より作品からにじみ出るものが大好きだと言ってもらえ…
この作品は本当に描きたいように書き、最後に描けた!と思った1枚で…
選手の時に味わったゾーンというものもわずかですが数回あり
多分皆から本当に感動してもらえる作品というのも一生で何度あるかないかかと。
華やかな環境の中で、どん底を味わえたこと(私ごときの)思い通りにならぬこと、身の程を突きつけられること、人の業のあさましさを知ること。
それがまだまだ少女のガラスのような心に余りに重すぎる辛すぎる経験が舞い込んで、なんで私に?と嘆いたこともありました
でもそれは大切な大切な宝物であり。そしてその時に味わった人の純粋さ温かさ。そんな大人がいてくれたことが、またさらに大きな宝物になっています
もう60をすぎ、もうこの動きがいつまでできるのかと先も見えているのに、やってきてくれるさまざまな事柄への、自分の思い姿に情けなくもなり。まだまだ、まだまだです。
でもそう学ばせてもらえる今にも、感謝の気持ちがゆっくりと込み上げて
明日はそしてその次の日と、どんな自分になっているでしょう
それもまたありがたい