日記
上方
小学校の頃から、山村流上方舞、歌舞伎…。よく見に行きました。
その頃はやはり派手な荒芸が好きで、上方歌舞伎の和事はなんだか…。孝夫の弁慶はやっぱ物足りんよねぇとか生意気なことを言い。
でも今、上方歌舞伎に惹かれる。
歌舞伎にとどまらずラ・マンチャの男を見て号泣した染五郎、妖艶なこれまでの歌舞伎にはなかった玉三郎の美しさ。そしてその玉三郎となんともいえぬ妖艶な世界を作って魅了させてくれた片岡孝夫…その大阪で育たれた大阪気質と大阪言葉なんとも可愛さがあって。
若かりし頃の憧れの人は、皆親の名を継ぎ重鎮となり。そして今のその姿芸にまた違うものが心が響く
昨日のお話に。自分の思いがなるほどと理論立てられて、
戦前の船場育ちの祖母のよく口にしていた、あの人は粋(すい)な人や…という言葉。上方の美意識そのものやったんや…と。、まだまだ私には理解できない境地ですが…
和事は型を超えたその人から滲み出るものが必要であると…上方歌舞伎は粋であると…まさに講義で語られて
上方と江戸の違いを、様々と分析してくださったことは
私の今の創作の悶々とした思いにも気づきをいただき…
これからの歩む進みたい方向も見えたような…
子供の頃から見続けて、近所のリっちゃんとして可愛がってもらったお姉ちゃん、亡き山村若晴司。
その舞いは優しさ上品さ可愛さ美しさ…そしてその奥に秘めた厳しさ強さ。お家元に見出され気に入られ、3歳から仕込まれたその芸はまさに粋だったんだと。
どうしても目に焼き付き今も忘れられない姿。黒紋付に黄色のイチョウが散りばめられた京都の染めもんやで作ってもらったという素晴らしい衣装で、長身でほっそりとしてすらりと伸びた、玉三郎さんのようないやそれを超える女性ならではのまろやかさのある美しい舞姿。
粋な人…
そんな人におねえちゃんみたいになりたいなぁ
舞うように書け…と師の言葉
そしてそんな書を書きたいなぁ