日記
2026-10-18 21:47:00
古典
中学の時に万葉集に出会い心射抜かれ
国文学部に行きたいと思い。
そして白川静の古代への洞察。そして文字という概念が広がり。
百人一首の中の情熱的な美しい和歌に惹かれ、そんな和歌からは想像できないその生涯と鬼になった天皇という特異な伝承をされた崇徳院にきわめて興味を覚え。そして崇徳院が古今集が和歌の基盤となっていたことから抜け出し万葉集を重用したことを知り、これしかないと卒論に
古典との出会いはまさに心射抜かれそのものが我が身にズドンと入り込み一体となり。
興味で一杯となり。
そして一言一句客観的に読み解き。その背景、歴史、民俗学的見地にたち、より深く読み込み。
その深みに入っていくことで崇徳院やその和歌と溶け合うようなかんかくになり
卒論の最後の結論はまさに崇徳院が心の中にいるような感覚となり。崇徳院となったかのように彼の思いを文章に。
その感覚
古代の人となり得た感覚を知ったから
今があるのでしょうね
この経験も
導かれてきたものかと
そう思わせられる