日記
澄む
今日は幼稚園ママクラス、夕方からは真田山教室で小学生クラス。
幼稚園ママとは子育て期の思い出話を。そのときの事が様々とよみがえってママ友のようになり。
廊下を歩いていたら幼稚園児の教え子が私を見つけて先生~⤴️と満面の笑みで手を振ってくれて、嬉しくて幼稚園児のような満面の笑みになって大きく手を振り返す😊
自宅教室に帰る途中、小学生の男の子が送迎のパパ車から道を歩いている私を見つけて窓から手を振ってくれ、少年のように車に向かってかっこ良く振り返して。また嬉しいこと。
ラインを見れば引きこもりの娘を抱えて、ストレスにさいなまれる人の言葉があって。ちょっと哀しくなって。
たった1日の間にも沢山の人とのふれあいがあり。人に添うていたら、いくつもの人に年齢になれて、心も身体も広く広くなるような感じがして。
そんなことが、どこかで醸し出てているのか、え?そんな人と思わなかったとか、見た目と違うとか、変わってる?とかまで言われたりすることもあり、正直どれが私?と思ってもどれとも言えず、皆私なのです。
まだまだ人の気持ちに本当に添えるまではいきませんが、人の気持ちになって考えなさいと言われてきたことはそんな出会いのある暮らしと共に血肉になって。
沢山の人の笑顔に出会える日々となりました。
もっともっと嬉しいこと哀しいこと辛いことウキウキすること…様々な経験を積んで、人に添える心が育ってくれて。そして本当に研ぎ澄まされた純真な心というものに少しでも近付けたらと。そんな憧れを抱くのです
初めての折り手本の臨書で書きたいと思った書が良寛さんでした。何で?どこがエエの?と同級生に言われましたが…。
そんな思いが若い頃から心のどこかにあって、だから知らず知らずに良寛さんの字にに惹かれてきたのかなぁ。と。
理屈は後からついてくる。ですね