日記
覚書
先日役員会に参加
その後懇親会
明治記念館で美味しいお食事頂いて
石飛先生のご受勲と赤澤先生の特選のお祝いもかねて
皆で楽しい幸せなときを
歐亭先生の革新前衛を目指した活動は、分裂の危機を超えて、今また書壇の中枢を占めるに至り。その中での博光会の活躍躍進は最たるもので、そのの歴史を共に歩んだ先生先輩方のお話しで様々と知る
弱体化していく多くの書団の中で、未だ成長し続けている我が創玄書道会、その中で中枢となす博光会。
歐亭先生の志、お人柄、そして経営方針というものもずば抜けていたのだろうと先生方もおっしゃって。その言葉一つ一つにうなづかれておられる博光先生のお姿になぜか胸が熱くなる。
役員会で女の人がそれも主婦と呼ばれる立場の先生方が多い書団は我が書団だけと赤澤先生がおっしゃって。
なるほどそれも革新だったのだろうなと
最初にここなら大丈夫と何となく確信のようなものがあったのは、この事だったのだなと。
温かなよい書団にお世話になりました。博光会ならではの様々なよい経験をよい学びを沢山に頂いて、私ばかりでなく、なるほど皆さんよいお弟子さんに恵まれてご活躍も素晴らしく。
石飛先生と数名の高校の教え子と始まった博光会は今登録者だけでも700人をこえて。未登録の孫弟子さんを入れたらまたさらにどれ程の人数がおられるのだろうかと。一代でこれまでやってこられた師の偉大さを改めてしる。
何よりこれが博光会のすごさだなた思うことも心に浮かび確信し、しっかりと覚え書きにしたためて。
これからも先生の教えにしっかりと学ばせて頂かねばとそう思う。
書も人としても学ばせて頂きたいと、弟子入りの折に先生に語った言葉。まだまだ至りませんが、一つ一つ学ばせて頂いて主婦として母としての経験のうえに書家の道を順調に進ませていただいています。心から感謝。
これからも書に人にそして師として、しっかりと学ばせていただきます
先輩方々のように温かで素敵な素晴らしい女性に書家に師になりたいと思います
そしてそんな書が書きたいと思います
わずか10年ばかりで役員を経験させていただき。創玄会を博光会をそしてそれを支えてこられた先輩方々と接し、身近に体感させていただくことにも心からありがたいことと。
頑張らねば
ある日の覚書
SNSが発達して
便利になったけれど
LINEなどは 気軽にすぐに繋がれて便利で心がわかり合えてよい面もあるけれど,でも確かに伝わっているかはとても不確かで
SNSの投稿などは。気楽ではあるけれど、人の繋がりは希薄になったかのような
昔は友達と毎日ほど電話して。何時間もしゃべって。早く切りなさいと親に怒られて。でもそんなやり取りのなかにだから思いやりや慈しみの心が育まれて
離れているときは、大切な人の事を心にいっぱい思い浮かべて、だから自分の本当の気持ちがわかったり
しばらく日記も遠ざかってみて、いかに情報にとらわれ振り回されているか気づかせてもらい、やはり大切なことを思い出させてもらえる
そのうらで、覚え書きも山ほどできて
昭和の人間だなぁとつくづく思う
昭和の人間なのだから、当たり前かな
心のこもった真の言葉を語り合っていきたいと
そう思う
ある日の日記
万博で昔のことを沢山に思い出し、昔の話を、良くするようになりました
あるお話しで音楽も様々と思い出す
ピンキーとキラーズ
衝撃的でとっても素敵で
ポーズを真似て
だから男っぽくなったのかな?
青春時代は音楽の全盛
洋楽、フォーク、シンガーソングライター、そしてサザン。浜省やスターダスト・レビューなんてちょっと知ったかぶりしてカッコつけて
阿川泰子、渡辺貞夫と大人ぶって
でも高橋真梨子の声が大好きだった
今も皆現役で。音楽会を支える人たちになっていて
多感な時期に本物に浸れたんだなぁと
改めて幸せを噛み締める
そんな話が通じる人と、ダラダラ話し込んでみたい
楽しいだろうな
道
第二の人生で
他人のなかに久しぶりに飛び出して
第一の人生で真っ直ぐ猛進した姿をかえりみ
少し余裕のある回り道を覚えたかもしれません
スタジオ
昨日はスタジオで写真撮影
今はデジタルですぐに確認もでき
連写で一瞬を逃さず
あっという間になんボーズも撮影されて
最近とても素敵な写真を数枚見せてもらえて。
良いなぁと思っていたら、何とフイルム写真と。
えもいわれぬ懐かしさがじんわりと心にしみて
様々なことが脳裏に浮かぶ
父はカメラが大好きで、沢山に写真を撮ってくれました。いっぱい綺麗に整理されたアルバムが今も実家に山ほどあります
私たちの運動会で、よその子の必死に走る形相を捕らえて、賞を頂いていました。
今なら連写で誰でも取れる表情なのでしょうね
現像に出して、出来上がるまでのワクワク。
それがまたその写真の思い出を深くしてくれて
目をつぶってたり、変なものが一緒に写ってたりしたときのがっかりかん。
昭和はその時は目まぐるしく高度成長の発展の時期でタイムイズマネーとか言われて。とてもスピーディーと思ったけれど。今から考えるとゆったりとした時間があり、その時間にこころが養われ。
ノスタルジーというには、あまりにもったいないことと。そう思う。
そう。母の着物を着て撮影
写真集もそうだったけれど。昭和の時代に戻ったその姿はその時々の思い出を重なり合わせてくれて楽しんでくださる。でもその私もしらない母の時代を懐かしんでくれるかたも年々少なくなり。着物は残ってもその思いは誰もわからなくなるのだなぁと思うと、時の経つことの寂しさも一入。
その姿は私が知らない明治大正そして戦前の昭和に憧れを持つように、憧れの姿となり歴史の1ページになるのですね
時代とはそういうものなのかもしれません