日記
朝
正気
大祭
重い気分を払うように、境内の神様仏様を、めぐって心を清め。
お寺の山頂にある、大明神までお参りに行って。はるかハルカスまで見渡せて。気分健やかに階段降りて。ふと携帯空けたら、ちょうど同時に通知が入ってきて、びっくり。
そこには気分が良くなるような言葉があり。
そしてしばらくお堂でさいとう護摩が始まるまで、静かに座らせていただきました。
心にふっと思いがよぎり心洗っていただき。そしたら法螺の音が。
急ぎ外に出て、友人、ご家族の皆さんと和やかにお護摩に参加させていただきました。
初孫ちゃんとも新嫁さんにもご対面させていただき。月日の流れの速さと。ここへ越させてもらってから思わぬ長い月日が重ねられていたことを、気づかせてもらい。友人とも、時のたつのははやいね、ほんまにびっくりするは!と
とにもかくにも、大きな炎で穢れも焼いてもらえたような
清々しいお天気にも清らかな風にも感謝申します
河内長野
目白不動尊 願昭寺
御本堂には見上げるほどの大きな大きなお不動さまが両目をきりりと見開かれて、失礼ながら一見です
ご縁ありましたら、ぜひぜひお参りくださいませ
映像
実は今朝はとてもとても辛い朝だったのです
昨晩一昨晩と、ドロドロした映像をネットフリックスで見たからか。
今朝は心が重く気分が滅入ってしまっていました。
お寺に行かせてもらえて、助かりました
穢れを祓って清きを…
スッとさわやかにさせていただきました
やはり何事もパワーがあって心が持っていかれるというようなことを、身をもって感じさせていただきました。
これから気をつけよう
触らぬ神に祟りなし…とは
良く言ったものです
でも、まだ傷が残ってるような
人間の一部分…でもこれほどのことは稀な特別な人とも。
頭ではわかってることやけど
まじまじ映像にされるとフィクションと思っても現実味がありすぎて
その映像の中に引きずり込まれて
我に返れば、
色々とそれはそれは私なりにあったけれど、現実にはこんな事がない人生を過ごさせていただけたこともありがたいと思えて…様々と守っていただけてるんやろうなと
これまでのご縁を歩みを心から感謝する
よほどきつかったんやね
利他ということを忘れず心に
そういつからか生きてきて
守っていただいている
ありがたい
子はかすがい
昔、助けを請われたときがありました。
一心に助けようと思いました。
どうかこのさみしい気持ちが豊かになってほしいと。その時の未熟な未熟な自分の我の中での精一杯の利他でした。
私の力など及ぶものでもなく、その人の生まれたばかりの赤ちゃんは身を賭して幸せを守ろうとしました。母はその子のために頭を下げられました。
そのことは私の賢明な勤めなど微塵と化するものだと思いました。
幸せをと促した私の言葉は激怒され。その場を去ることしかできませんでした。
子はかすがい。父子の繋がり、情、素直な心、目に見えぬもの、血縁とは正に。
その今の姿を垣間見るに、そうしてよかったと思いは募ります。
そして…辛坊たらなんだ、のではなく、子はかすがいと全てを飲み込み頭を下げられたその母の思いに心打たれそのことを何よりとその場を預けたことも、それでよかったのだと。今そう思わせていただけました。
もうすでに子は全て独立して家族を子供を授かって。かすがいのときはすぎ。親としての責任も少しは果たせたのかとも
年は還り生まれ変わり、また第二の人生。
築いてきた良きものは大切に。そしてこれからの皆の幸せに向かってしっかりと良きことを吸い上げて、一人の人として皆の楽しい時をと歩むことの大切さも。
これが人の生まれてそして生きていく繋いでいくそんな勤めということなのかと
よい空を見せてもらって、よい言葉に出会い
心が穏やかに
今の思いを確かなものと
再出発への一歩を



