日記
変化
そう。
変わらなければなりません。
何事も。
誓った思いを
実現するために
空海展
奈良博は終了。
前半行こうと思っていた時に体調すぐれず、東京展に見に行くことにして。
本当にすごかった。
第一室は。本当に曼陀羅の世界。一歩踏み入れたとたんに思わずイヤホン外して空気感に触れ、瞬間に引き込まれる
入ったすぐのお大師さんの像のお顔が母の顔に見え思わず涙が溢れ。最後に拝見したお大師さんのお軸のお顔がご縁ある今は亡き大阿闍梨様に見えまた涙が溢れ。
立体曼陀羅と曼陀羅図が同時に展示されていて。今まであまり理解できていなかった曼陀羅という世界観がああこういうことなのかと心と身体で理解され。とても不思議な経験をさせていただきました。
行くとこ行くとこため息ばかりが。書は作品としてだけでなく、どれ程お経や書というものが特別で魂がこもり大切なものとして扱われてきたものかとわからせていただき。この場では語り尽くせないほどの思いが溢れ
何より後七日御修法。その空間が何か感じたものがあり。はてと考え解説を読んでみると。確かに。
生駒のご老僧に大分以前、天皇さんのご装束をお正月に拝ませてもらうからおいでと言われ、また京都でお世話になっている先輩の何度かお伺いしたお宅が東寺のお隣で、その事お話したらその法要のときに町内会?やから裏のお台所を手伝いに行ってると言われてたので、気軽にお参りに行かせてもらい。
特別に拝まれた後のお護摩の建物に入らせていただき。それがまさにこの後七日御修法だったとしり。何とありがたいことだったのかと。
それはご老僧はじめ各派のお代表がお練りされてそれはそれは荘厳で、その修法の行われた後の空間はえもいわれぬものでした。
また理屈はあとからついてきて。
本当にお導きをありがたく
今回の目玉?高雄曼陀羅のある神護寺は大好きなお寺で。曼陀羅を拝見させていただくことができ。ありがたいことです
本当に何もかもが私にとってもかつてないことばかりの空海展。
また東京展も楽しみ
三の丸美術館
和漢朗詠集も展示され、良かったと石飛先生からご推薦。
先生は宮内庁とお繋がりもあって特別内覧会にご招待だけれど。
我々は予約での申し込みとのこと。
見れたらいいな
写真
感受性
人にはそれぞれ個性というものがあって。錬成会では沢山の先生方にご指導お話いただけるので視野も広がり自分もまた違う気づきを貰えたり。
感受性は強い方かもしれません。題材や表現方法が素敵ねといって貰えることも。
石飛先生はその発想表現方法は天才といわれるほど。人のやらないことも平気で取り組まれ枠を越え。
でもその文字の位置や線の出し方墨色…等々、繊細でミリ単位でこだわられると。その上であの大胆な表現が生まれていると
私などは気分で書いている。としか言いようなく。
そこそこ臨書も勉強もしたつもりで作品も様々と書いてきたつもりですが。その鍛練などまだまだ。
先生のそこに積み重ねてきたものの重みと取り組みかた、そして学ばれてきた姿勢…、様々な深い経験があってからこその作品と。
確かな理論や理屈などは微々たるものでもちろん大切なことで礎に違いないのだけれど、はるかにそれを越える、様々な涌き出る思い、経験の積み重ねの重みの大切さををひしひしと感じる
お寺で先日ご指導のおりに、書は筋やとつくづく思いますと、何度も言われて。そんなことないよと思ったのだけれど。
先生を見ていると、本当にそうなのだなと思える
わずかばかりの筋でも備わってますようにと願う。この今のそしてこれからの経験が書に生かせますようにと。さらに精進しかなく。その事はきっと書だけでなく様々なことに波勢していってくれるとおもうから。
本当に良いものに良い環境に巡りあわせていただけました。
気分ではなく、本当に自由で確かな書が書けますようにと心からそう思う