日記

2024-10-20 05:22:00

錬成会

池田の不死王閣で関西創玄錬成会。

創玄会長の室井玄聳先生をお迎えして

 

二尺八尺に大字を書いた作品を、二点持参。

批評会でよく書けてますね、安定してるね。とありがたいお言葉。

 

席に回ってこられご指導いただくときも、ちゃんと自分で書けてるからその調子で頑張りなさい と嬉しいお言葉。センスがいいねとどんどん良くなるよ、と重ねて嬉しいお言葉をたくさん頂き。感無量。

 

振り返れば、東京に来たすぐは紙も筆も墨も全く違い、あたふたあたふたと書いていました。

たった10年少しで、回りの環境も自分も180度それ以上の変化をとげていて。世の動きも変化を。そして月日の早さを実感する。

でもこの期間でここまで来れたのだと思わせてもらえる言葉を頂き。どれほどにありがたい経験を積ませて頂けてきたのかと。

会長先生にも覚えて頂けるようにもなり、諸先輩方にも様々とお気遣いお教え頂けるようにもなり、辛いこと苦しいことも乗り越えてこられたことを感じて、なんともありがたいことです

この先、さらに精進を重ねて

頂けたご縁、再び結んでいただいたご縁を絶やすことなく、さらに光輝くようなものにして参ります

どうぞどうぞ末永く、そう死ぬまで筆を持つ覚悟と腹をくくり、頑張って参ります

お導き、おささえ、応援、すべてに感謝して

2024-10-18 06:43:00

約束

心友?

との約束

 

会いたくなったら会おうと

 

長らく会ってませんね

静かに月を見ながら、静かに会いたくなりました

 

2024-10-12 05:09:00

一期一会

目の前の霧が晴れ

鼻が利く?

 

一期一会と時は過ぎ

この先へと歩んで

確かなゆめがみえ

そしてその先にはどんな夢がみえてくるのでしょう

 

この今の心が

どうか汚れぬように

汚されぬように

2024-10-09 04:50:00

現代人

携帯開けば、AIが何もかもを調べてくれて、未来予想までしてくれて。

その言われた道を歩いていけば安心な気持ちとなり

 

でもどこか違和感をおぼえるのです

 

未来予想図とはみえないから予想図で。

こうなりたいと思ってもその通りになることの方が珍しく。

だから漠然と大きな目標はあるけれど、いつも今あることを感じるままに判断し鼻の効く方にすすんできたような。

苦しい選択のこともあるけれど、自分のすすんだ方向に歩みを進めて行けば必ずたどり着く場はあり。

それが思い描いたものであったり、なかったり、またそれ以上のものであったり。

でもすべて次のステージへの糧になり。

夢の上へと運んでくれ。

そんなワクワクした人生を歩ませてもらえたからこそ、今もまたその時この時を真剣に一心に勤めているような気がします。まだまだ至らないことばかり、又だからこそ修行のような日々とも思えありがたいとも思える

人は変わると。でも良いようにも悪いようにも変わると。

すべて本人次第と。

そう言われたことが言霊となり、またひとつ心に刻まれて。この先、素晴らしい自分があるようにと必ずやと。

 

この時を大切に

そして大切なものを見失わず

大切に一歩一歩と

お導きを信じて

 

2024-10-07 07:41:00

樟展

同窓生の作品展

 

恩師の先生にお誘い頂き、もう五、六年は経つのでしょうか

先輩方々は、樟蔭の一番良き時代を過ごされた方々で。何だかどこか優雅で。

でもその時代に名だたる良家に嫁がれたご友人の方々の生きられた人生をお聞きしたり、様々な教訓がそこには感じられたり。本当に考えさせられ勉強になります。

 

参加された先輩の、教壇に立つようにご依頼がきた時の話に。何だか心がほっとして。

私せっかくのお話やったのによくよく考えて悩んでやっぱり、朝起きれませんて言うてお断りしたの、と。

何とも和やかなと思っていたら。

いつも朝きっちり15分遅刻されていたと。でも遅刻したからその分残ってお裁縫も、お勉強もきっちりして帰ったと。

先生はそういうわけにはいかないでしょ、と。だからよくよく考えて私は無理だと思ってと、ゆっくり穏やかな口調でおっしゃられて。

団塊の世代真っ只中。そんな風情は微塵も感じられないほんわかな。でも責任を果たせないとよくよく考えて決断された強さが感じられて。

樟蔭創設の女子教育の理念が、まさに貫かれていて

何だか嬉しくて。素晴らしくて。

 

先輩田辺聖子さんもしかり。

 

搬出の時、先輩のお手伝いをしていたら、画廊のオーナー先輩にお声がけ頂いて。

ありがとうな、年よりのお世話してもらって、

あんた徳積んでるで。

と。

こちらもまた素晴らしい先輩。

 

やっぱり、縁とは導かれるものなのだなと

様々なことからもそう思わされる