日記
自由
自由とは
目に見えた形ある自由などではなく。
心の深い深いところの、見えないところに静かにあるもの。
それが本当の自由なのだと。
そう思う。
欠落。そんなことはもうすでに髄分前。
戦い
カンボジア人の、リーさんの案内で、アンコールワットとアンコールトムの寺院を拝観。
寺院の歴史もですが、観光の合間に質問したりお話したりの中での、リーさんの生きた言葉でカンボジアの戦いのそして支配下の、そしてあまりにもおぞましい政権の歴史を聞かせてもらって。色々思う。
90%が小乗仏教の信者で、ようやく平和になったわずかな年月のなかで、心の底から幸せというものを感じながら、母国にたいへんな誇りを持たれてて。何とも温かく真面目で、とても心が温まる。今のカンボジアは45年前の日本ですと言われて。確かに人の雰囲気世界観いにしえの日本がそこにはあって、でも外から見た日本の日本人の行ってきた行為に美しい国日本と言いきれぬ恥ずかしさも感じる。
戦いとは、なにも生み出さず、破壊ばかり。
そして戦いとはいかに思惑のみで行われるものかと
リーさんの言葉と時折見せる表情から深く深く感じ取られ。
まだまだカンボジアは貧しいといわれる言葉に、いやいやこの今のカンボジアが一番美しく、日本のような道筋をたどってほしくないと、そう心から思う
朝日
生きる
人は、心だけでは食べていけないから。心、技、体?と揃わねばいけないのでしょうね。
心を整え、一番生きていくために必要な心をベースに、さらに充実し高めていき。
技?昔取ったきねづかを引っ張り出して計画を練り。今この世界の外で巡り合えたありがたいご縁もこの事かと。大切に、計画を練り。
そして行動していく。
さあ、前へ進もう。
別れ
別れも大きな別れ、小さな別れ、様々あって。
別れの際に、意を決っして語る事が度々ありました。
小さな別れの時も然り。ほんの別れを惜しむような立ち話の時に、本当の無意識の言葉が思わず出たり、ふりかえり手を振る相手の姿に心からの笑みがあったり。
死に際に、ずっと抱えていたものをようやく心の中で昇華させて優しい言葉が自然と出たり。
別れとは人を綺麗に素直にさせるのかもしれません
