日記
性質
同じであることはわかりあえもし、とても大切なこと。
でも何より違うことも大切なこと
あるときからその事に気づく
だから必要なのだと
大切な方から夢で言われたこと
考え続けて得たこと
まさにと
目の前
今の気付き、目の前にあること。
ただひたすら、歩むのみ。
こころ揺れることなく、しっかりと。
京都国立博物館
別れ
半世紀を越えると。
色々な別れがありました。
必然の別れ。
自分の我にさいなまれ振り回される別れもあれば
大慈大悲を勤めきれなかった別れも
ある別れは別れとも言うものでもなく。
また感情やそんなものに振り回されるものでもなく。
ただ、幸せそうな顔を見れたから、これで良いのだと思えたから、もう役割はないのだと思ったから。そばにいることはないかとそう思ったから。自然にそうなっただけで
やはり真剣にお人のことを思っていた心は痛みましたが、でもそれが一番良いと思ったから。
幸せな姿を見ては、それで良かったんだと納得もし。
少しでもお人のためになれたことは私の幸せでもあり。
手放す?ということのような
そしてそんなも思いで日々を懸命に生きていたら、また様々なご縁に恵まれて今となり
良い別れを経験させてもらい、また良い出逢いを与えてもらい。
ありがたい人生です。
お地蔵さん
鳩の姿と何とも温かい鳴き声に癒されながら
お地蔵さんのお掃除。
お賽銭箱を開いたら、1000円札や五百円玉が沢山に。
いつもと違うお賽銭箱の中身に。
ふと想像し、お孫さんお子さんに何か心配ごとがあるのかな?などと。
子供が授からなくて、お地蔵さんに手を合わせていた
自分を思い出し。姪が三才の時に小児癌になり
母が孫のためにお茶だちしていたことを思い出す。
母の姿を思い出すと、自然のなかの山村で育ったからなのか、その時代の皆人はそうだったのか、宗教というよりも生活のなかに生きることに神、仏があり。文化の乏しい時代に過酷な日本を生き抜いてきた教えが感じられるようで。
文化が有り余るほどに溢れている今、なんだかより大切にしたいものだと感じる。
お仏壇を掃除しながら、あちらに行った人たちに想いを馳せていると。
別れとは悲しいものでないようにも思えて。
理屈はわからないけれど、人の苦しみのひとつである別れと言うものの苦しみも、年を重ねるとまた感じかたも変わってきて。
それがまたひとつ大人になることなのかなと。立派な大人の歳でもう先も目える頃になってるのに、ふとそう思う。
