日記
憧れ
小さい頃から勘がよくて面白いと可愛がられました。が、祖母、母からあんたは我が強いから気ぃつけなあかんと、その事をいつも言われて育ちました。
少女のころに憧れた姿は、大人になって求められた姿と同じでした。
求められなければ、きっと憧れのままで終わっていたでしょう。
様々と気づかずに一生を終えたであろうことも多々。
お陰さまです。だから今がある。
自分の我が押さえられず、至らぬゆえに逃げ出したことも。再びと与えていただいたのにまた逃げ出そうとしたことも。でもその都度引き返せと言う声があり。答えの出ぬ問いに引き戻され。
至りません。変わりません。申し訳ないことばかり。
でもその憧れの姿にと思う気持ちは、増していき。
いつしか祖母が母がそうしていたように、手を合わせていました。
でも凡人ゆえ、手を合わせてもどうしようもない自分がいて。
最後だけはわがまま言わせてほしいとおもっている。
だから動けずにいるのです。
求められる姿は憧れの姿はあまりに尊くて
こんな私では申し訳ないから。
道
心定まり。
あとは、どのようになるのか。
神のみぞ知る。
夢みた雲の上へ行く道…すみきった耀きにみちた道。
そして気づき思い描く道
歩ませて頂けるようにと心から願い
ただただ、手を合わす
夢
父が来てくれました
母が来てくれました
そして大切な大切な夢と大切な大切な方の、大きな教えを感じました
自分で決めること。自分で歩むこと。
そして他を思うこと。
大きな一歩。
聖夜
導かれるままに
すなおに
Merry Christmas
寝ても覚めても
寝ても覚めても、心におもっていること。願っていること。
それが何より大切にしたいことなのですね。
だからどんなことがあっても乗り越えていけるのかと。乗り越えさせていただけるのかと。
そういうことが奇跡を生むのかもしれません。