日記
用の美
用美
ようびという器やさんがあります。
何度か伺い、とあるお祝いパーティーでご一緒させていただいたことが。
人の営みの中で、食卓や暮らしを豊かにしてきた用の美の器たちを選ばれ世にだされてこられて。
生きた歴史を刻まれた、たおやかな着物姿と会話に、憧れという言葉以外になにもでなくて。
民芸という美を見いだしたまた民芸から美を見いだした日本人の感性に日本人の温かさを感じ。
美術品などにはとうていなれないけれど、せめてオールドバカラや用美のようになりたいと思う
晴れの日のお茶席の器や装飾、美術館で皆から拝眼される歴史に残る品々。そんな品々に憧れて、憧れの本物に少しでも近付き一瞬でもその光を放つことのできる晴れの姿と、いつもの日常に豊かさと温かさを放つことのできるようなけの姿。そんな歩みをとそう思う
休日
何の予定も入れず。ポカリ開いた1日
朝から言葉が、歌が、心が、生活が、生き方が、様々とテレビが伝えくれて。
確信、きづき、刺激、をくれる
豊かな休日の朝
同行
心の中に問いかけて、信じて
導かれ共に今を歩む
それが歩むということかと
思う早朝
思い出
幼少期のことを思い出し。
だから、本当に心から大切なものに臆病になり飛び込めないのかと、考える
ある出会いの日にでた言葉。それもしかり。
誰か引っ張って、背中を押してと心の声が聞こえるような
心の中の思いがある境地に至ったものの、本物の自分がみえたものの、進むべき道がみえたものの、心と身体と言葉がまだまだ整いません。あまりにも尊くて。一生届かぬ姿かも…
でも最後はわがまま言わせてほしいと心がそう言う
弱い心を横において。豊かな土壌に種を撒きたいと心から願い、祈る
西洋骨董
ヨーロッバアンティークグラスのお店に先日伺う。
ガレ、オールドバカラがたくさんに。先代から受け継がれた古伊万里も沢山に置かれていて
店主のかたに、美術品と本物というお話を伺い感銘。
かつての日本は本物の職人がいて。
けれどトヨタ車が今のもの作りを表していると。
美術品が少なくなり工芸品ばかりの世の中になっていっていると。これからの日本の美術に人にとても危機感を覚えられて、バカラを通じて日本の心日本人のあり方を語っていきたいと。
物も人もしかり。
30代で、エルメスを知り、いつかこのプランドか似合う女性になりたいと思ったことは間違ってなかったのだなぁと。
さらりと和服を着こなして、その立ち姿が凛とした人にとの思いも。
そして上村松園の最期の言葉を思い出す
まだまだです。
死ぬまでに本物が似合う女性になれるのだろうか