日記
映像
実は今朝はとてもとても辛い朝だったのです
昨晩一昨晩と、ドロドロした映像をネットフリックスで見たからか。
今朝は心が重く気分が滅入ってしまっていました。
お寺に行かせてもらえて、助かりました
穢れを祓って清きを…
スッとさわやかにさせていただきました
やはり何事もパワーがあって心が持っていかれるというようなことを、身をもって感じさせていただきました。
これから気をつけよう
触らぬ神に祟りなし…とは
良く言ったものです
でも、まだ傷が残ってるような
人間の一部分…でもこれほどのことは稀な特別な人とも。
頭ではわかってることやけど
まじまじ映像にされるとフィクションと思っても現実味がありすぎて
その映像の中に引きずり込まれて
我に返れば、
色々とそれはそれは私なりにあったけれど、現実にはこんな事がない人生を過ごさせていただけたこともありがたいと思えて…様々と守っていただけてるんやろうなと
これまでのご縁を歩みを心から感謝する
よほどきつかったんやね
利他ということを忘れず心に
そういつからか生きてきて
守っていただいている
ありがたい
子はかすがい
昔、助けを請われたときがありました。
一心に助けようと思いました。
どうかこのさみしい気持ちが豊かになってほしいと。その時の未熟な未熟な自分の我の中での精一杯の利他でした。
私の力など及ぶものでもなく、その人の生まれたばかりの赤ちゃんは身を賭して幸せを守ろうとしました。母はその子のために頭を下げられました。
そのことは私の賢明な勤めなど微塵と化するものだと思いました。
幸せをと促した私の言葉は激怒され。その場を去ることしかできませんでした。
子はかすがい。父子の繋がり、情、素直な心、目に見えぬもの、血縁とは正に。
その今の姿を垣間見るに、そうしてよかったと思いは募ります。
そして…辛坊たらなんだ、のではなく、子はかすがいと全てを飲み込み頭を下げられたその母の思いに心打たれそのことを何よりとその場を預けたことも、それでよかったのだと。今そう思わせていただけました。
もうすでに子は全て独立して家族を子供を授かって。かすがいのときはすぎ。親としての責任も少しは果たせたのかとも
年は還り生まれ変わり、また第二の人生。
築いてきた良きものは大切に。そしてこれからの皆の幸せに向かってしっかりと良きことを吸い上げて、一人の人として皆の楽しい時をと歩むことの大切さも。
これが人の生まれてそして生きていく繋いでいくそんな勤めということなのかと
よい空を見せてもらって、よい言葉に出会い
心が穏やかに
今の思いを確かなものと
再出発への一歩を
空
飛行機雲
一息ついて空見上げたら、また頭上にくっきりしっかりとした飛行機雲が伸びていって。
太陽に照らされて輝いて、その雲を見続けていたら大きく広がる鳳凰ぐも?が見え。
本当にありがたく嬉しくそしてどこか心が躍って
ゆっくりと椅子に座ってそのスピリチュアルな意味も教えてもらい、その意味のありがたさに感謝して勇気をいただき、そして様々と物思いをしていたら、青春時代にむさぼり読んだ曽野綾子さんのエッセイの中にいつも書かれていた
神様の思し召しのままに
という言葉が心に静かに懐かしく浮かんできて…
その言葉をこころに刻み、失恋をキャプテンを過酷な状況を乗り越えてきたことを思い出す
思し召しのままに…
それが本当の覚悟なのかもしれません
空
ベランダ開けたら
二本の飛行機ぐも
仮名の線のような
少し今日は温かいでも涼やかな風
優しくて気持ちいい
ヘリコプターの音が
見上げたらキラキラ光って
赤い色が鮮やかで、今日は2回目
その空からのメッセージをいただいて
穏やかなパワフルな朝

