日記
戦い
この時期になると。
戦争に関する報道や番組が。
私たちの子供の頃よりは、影は薄く?全面に出ることなく。
だから、なんだか余計に心にしみる。
語る人も少なくなり。伝える人も遠い昔話となり。
戦争体験を語られる15年前の録画がテレビから流れ、なぜか嗚咽が止まらず。今は亡き方、御歳100才になられるかたの必死に昨日のように語られる15年前のその姿から、子供の頃にこわごわ聴いた伯父の戦争体験の話が込み上げてきて。
櫻井君が戦争番組をされると
お祖父様が記者で、ニューギニアで遺骨収集をしながら記事を書き続けてられたと。その事は今まで知らなかったとのことですが。
やはり何か繋がるものがあるのでしょうね
私たちの次の世代が、また新たな形で戦争ということに興味をだき、伝えようとしている姿になぜか安堵と喜び?のような感じがして
戦いということの、結論なき行動に心が痛み
和むということの、なんと豊かなことかと
人間だから、仕方ないけれど
そんな心を持てますようにと、そう思う
母の薔薇
快晴
憧れ
そう。
中学のとき。母校の卒業生で国語の先生をされていた方が。女学校といわれていた頃の教育をうけられ
聡明で静かで上品で。とても素敵な先輩であり先生でした。
いつも座禅をくみに行かれていて。夏休みに姉は友人と良く連れていってもらっていました。
テニスにあけくれていた私は行けなかったけれど。
とてもとても素敵な憧れでした
そんなこともふと思い出して、知らず心に刻まれているような
作品提出したら。どこかこもってみたいな
だんだん、書家っぽくなってきた?
そんなつもりはないのですが
心が身体か欲するような
星の下
星の下に生まれる
そういうことも確かにあるのかもしれません
よい、同じ、悪い…様々
伸ばせる人、大切にする人、変わらぬ人、変えれぬ人、これも様々
相当な自覚と決意、何より甘え頼っていては何も変わらない
そんな風になんとなく感じる
もっともっと変わらねば
研ぎ澄まして
大切なもの見失わず、次へ向かってがんばろう

