日記
まだ
まだまだ
まだまだ
至りません
心根
八卦見さんが言わはったこと
やはり見えてはったんやなぁと
本当は心の奥は
とてもとても優しいのだと
今を、これまでのことを顧みても、
私もそう思う
勤め
本当によいお話を聞かせていただきました
死ぬまで町会の空き地の草を引き、毎日散歩の折にごみを拾い。そして地域の子どもたちを見守っていた父
毎朝家の前を掃き、水をまき清めていた母
子供を大切にしてくれました
忙しさにからげて、お玄関掃除もそこそこに
せっかく見せてくれた背中、当たり前に見過ごすところでした
そう。お葬式の時に、皆が会長死ぬまでゴミ拾うてはった。ほんまにいつも感心して頭下がる思いやったと。私も会長見なろうてごみ拾ろてますねんと。
本当にその言葉が嬉しかったし父をまたさらに尊敬したことでした。そしてまたその事に感動や教えを感じてくれる町内の方にも尊敬が。
公園の桜の花が散って、お玄関に花びらが
さあ、お掃除しよう
書
今ふと思ったこと
そして大きな大きな気づきと
憑依ということを考えていました
でも書は憑依でもなく
まさに書譜の書論にある
神融筆暢
だから弘法大師も書を重んじられ
僧侶の方々は書に精進され
墨跡とも言われ
真白を超えた透明な自分になって
受け入れるのでもなくお任せするような…何もなくなるから、それが無なのか?表現難しいですが
書とはそういうものなのでしょうか
そう。私が書を書いてふと気づいたことをお話した事がありました
その時に書はあなたにとって瞑想ですねと言ってくださったことが
まだその本当の境地に至ってはいないと思うけれど
これだと思ったもの、特に現代展の「輪」の文字
そしてあといくつか
この感覚になれたものかと
今見ても私のほかの作品と比べ
訴えるもの光るような趣があり
あんな作品を書かれる石飛先生は、
どんな感覚なのだろう
品格
品格とは
まさに素晴らしくそして重い言葉