日記
夢
昨日YouTubeで亡くなった人ばかり見たからでしょうか。
母と祖母の夢を見ました。
とても不思議な夢でした。
きつい姑だったそうです。私にはとても優しい祖母の思い出しかないのですが。私も愚痴をよく聞かされて、あまりその母の姿は好きではなかったのです
生前、入院した母が亡くなる間際におばあちゃんが来てくれたは…と祖母の夢をみたことを教えてくれました。
ほんまに優しーい顔して来てくれた…あんなおばあちゃん見たことないは…と明るい嬉しそうな顔で語ってくれたその姿は今でも忘れられません。
いつも祖母への愚痴を聞かされていた私もなんだか嬉しくて幸せな気持ちになりました
嫁いだ日から何十年と他人さんからもきつい人やと言われる姑に仕え、頭と身体に染み込んだものは祖母が亡くなったあとも変わらずそのまま表現されていたけれど。
でも今思うに心の底の底の思いは、母も気づかぬ違う思いだったのだと今さら思わせてもらう
その母の心の奥底を気づかせてもらえ
私の心も温かくなり
愚痴をこぼした母の姿がようやく払拭されました
ありがたいこと
父
怒られる
という覚えがありません
何か私がしでかすと…
律子ちょっと話しよか。と言われ椅子に座り、もうその言葉だけで、わかってるとしか言えず、超心から反省し…。
いつも静かに本を読み、でも阪神の試合だけは欠かさず見て、負けても勝っても静かにスイッチを切り
負け続ける阪神を、まけたーとため息のようにわずかな言葉を吐き出して何十年も応援し見続けていました
父はずっと
何を思ってたんやろう
何が言いたかったんやろう
表面上は変わっても収まって見えても、思わず怒鳴りつけおまえという言葉がやみくもに出てくる人を見ると…
同じ押さえつけられ辛い目にあった幼少期の環境にあっても、その育った周りの人やその人の思い考えで、これだけ人格の差が出るのかと。しみじみ。
父の生い立ち、父の寂しさを昇華して。幸せな一生であったと思いたい。娘二人の愛情を感じ取って幸せで居てくれていたとそう思いたい。
もうすぐ帰ってきてくれるね
ごちそう作って、そうお父ちゃんの大好きなおはぎお供えするね
楽しみ
舞
宇都宮からそのまま帰るのはもったいないので。
歌舞伎座へ
七時から9時までだったので最終新幹線間に合うと
玉三郎の雪、だったので是非見たかったのです
急ぎ取ったらギリギリ席も空いていて
大阪のお座敷舞を、歌舞伎座の大舞台で玉三郎がどう舞われるか、興味津々だったので、お席取れて嬉しい
65歳最後の若晴司の舞台がYouTubeになんとどなたかがあげてくれていて、見せてもらい。そのお姉ちゃんの全てが詰まった舞、最後に選んだのはやはり「雪」で…、懐かしくて素晴らしくてお姉ちゃんの思いが感じられて…涙がこぼれました。
そのタイミングでこの舞台を知り、是非是非と歌舞伎座に走りました
やはり美しく。その芸の深みは私が見ても若かりし頃の玉三郎さんとは違い、より美しさを放ち。
地唄舞「雪」は舞を超えて玉三郎さんの魅了のまさに芝居と化し。
「残月」は玉三郎さんと一体になったような扇の動き、まるで生きているかのようなたおやかなそして華やかなその扇は玉三郎をさらに美しく見せて。
心からため息が出ました。
雪も月も、その動き仕草きまり、その一つ一つの姿は、まさに上村松園の雪、月、序の舞の絵と重なって。
西の文化風土に培われたその舞いが、新たに玉三郎の世界に作り上げられていて。また違う舞を見せていただきました
もう一度、お姉ちゃんのYouTubeを見たくなりましたよ。
新たな気持ちでまた見せてもらうね
拈華微笑
頭で考え行動する人
計算する人
緻密で良いのかも
でも…。
心から…
という感覚の感じられる人を
欲して
先日
目と目が合い。その時に感じたこと先様の思い。
心に響き。
私の勝手なキラキラメガネの妄想かもしれないけれど
そんな通じることを大切にしたいとそう思う
身体
さすがにこの8月の気候の中京都の夏を歩き回ったので
つかれた…
でも…
このぼーっとした感覚はありがたく
汚れてはならぬと言われたことに懸命に努めてきても、至らぬ私は浮世の垢に知らず纏われて…
そこからバリバリバリと引き上げてもらえたような
今の感覚を忘れず
8月を迎えこれから仏様に向かう日々
書家としての最高峰の日展作品の書き上げの日々
少し
世俗から離れ
見えぬものに包まれて
純粋に一心に努めようと思います
その先に
浄められ
違う自分が居てくれると思うから
違う世界が見えてくれると思うから