日記
道
汚れたらあかん
という言葉を胸に
広い綺麗な世界が見える
大忙し
実家に、
タンスの虫干しと虫除けを入れ替えに
気になってたのになかなか行けず…
暑くならないうちにと、帽子にサングラス、ほうかぶりして、日焼け防止のウインドブレーカー。ほぼ不審者?と思ったけれど、自転車の人みたら皆ほぼ同じく。
きょうは真田山も実家もお祭りのお渡りの日で…
実家に帰ったら、父の名前の刻まれたのぼりが…お世話役さんがずっとたててくれてはるんやね。身体はなくなっても、皆の心にこの生きた地におらせてもらってありがたいこと。
坂本のお姉ちゃん(若晴司)の家も空き家になってるけれど。この2階からいつも地唄が、三味線の音が聞こえてて…。とお家を眺めていると60代で惜しまれて亡くなったお姉ちゃんを思い出し今も生きていたらどれだけ素晴らしい芸を見せてくれたのだろうと…
若い頃から様々賞を取られ。お家元、若さんの右腕として活躍され。
そうそうお家元のお家は上六の斎藤の実家と同じ町会で娘さんは樟蔭の先輩で、時々姑のご用で伺って、そしたらお姉ちゃんが居てはったことも。
懐かしい…
思えば…あと数年でお姉ちゃんがなくなった年に…
先があるようでないのだなぁと
お姉ちゃんも病気と闘いながら、それでも最後までシャンとして舞台に立たれ…どんな気持ちで居てはったんやろうとも…
そんな朝を過ごしながら、
パーティの服に着替えて新幹線に
今日は毎日展祝賀会
東京の毎日展、そして永守理事長の和光での個展と走り回ります。
北海道、山形の先生とも久方ぶりにお会いできて…
楽しみ
これでも若手、パーティの裏方のお仕事に、遅刻しないよう。粗相のないよう。
ひととき新幹線での休養。
東京に近づくとやはり緊張感が高まります
来週は熱海で錬成会
体力も勝負
がんばろ
上方
小学校の頃から、山村流上方舞、歌舞伎…。よく見に行きました。
その頃はやはり派手な荒芸が好きで、上方歌舞伎の和事はなんだか…。孝夫の弁慶はやっぱ物足りんよねぇとか生意気なことを言い。
でも今、上方歌舞伎に惹かれる。
歌舞伎にとどまらずラ・マンチャの男を見て号泣した染五郎、妖艶なこれまでの歌舞伎にはなかった玉三郎の美しさ。そしてその玉三郎となんともいえぬ妖艶な世界を作って魅了させてくれた片岡孝夫…その大阪で育たれた大阪気質と大阪言葉なんとも可愛さがあって。
若かりし頃の憧れの人は、皆親の名を継ぎ重鎮となり。そして今のその姿芸にまた違うものが心が響く
昨日のお話に。自分の思いがなるほどと理論立てられて、
戦前の船場育ちの祖母のよく口にしていた、あの人は粋(すい)な人や…という言葉。上方の美意識そのものやったんや…と。、まだまだ私には理解できない境地ですが…
和事は型を超えたその人から滲み出るものが必要であると…上方歌舞伎は粋であると…まさに講義で語られて
上方と江戸の違いを、様々と分析してくださったことは
私の今の創作の悶々とした思いにも気づきをいただき…
これからの歩む進みたい方向も見えたような…
子供の頃から見続けて、近所のリっちゃんとして可愛がってもらったお姉ちゃん、亡き山村若晴司。
その舞いは優しさ上品さ可愛さ美しさ…そしてその奥に秘めた厳しさ強さ。お家元に見出され気に入られ、3歳から仕込まれたその芸はまさに粋だったんだと。
どうしても目に焼き付き今も忘れられない姿。黒紋付に黄色のイチョウが散りばめられた京都の染めもんやで作ってもらったという素晴らしい衣装で、長身でほっそりとしてすらりと伸びた、玉三郎さんのようないやそれを超える女性ならではのまろやかさのある美しい舞姿。
粋な人…
そんな人におねえちゃんみたいになりたいなぁ
舞うように書け…と師の言葉
そしてそんな書を書きたいなぁ
講義
今日の講義は
上方歌舞伎と江戸歌舞伎について
ドストライクの萌え萌えで
そうそう、そうそう。
そしてなるほど…ととても楽しくワクワクしながら聞かせていただきました。女将さんと若かりし頃の仁左衛門さんそして先代の仁左衛門さんのお話に花がさき、玉三郎の天守物語の事も知ってくださってて。七之助ちゃんのお話にもなり。
こんなお話を次々と滔々と話せる人のいること、この場がありがたく。こんな話に花を咲かせることに幸せが…
わかってもらえる共有できることの楽しさとありがたさ
楽しかったー
変化
無常ということを仏教は説いてるのかと思ったところ
変わらぬものをお釈迦様は求められたんやで
と言われたことが
まさに変わらぬ大切なものは確かに尊くあって
道徳、思想、哲学などというものはその時代その人の生き様思いによって様々。
だから自由とも言えて
そうなんだなぁと
そう思う