日記

2026-07-03 10:54:00

拝むことも

その時々で学ばせて?もらえて

祖父母から親から言葉で身体でしめしてもらったこと

菩提寺で先祖をまつることや仏の教えを講座やお説教で聞かせてもらい

お人から懇願され、素晴らしい出会いと経験お話をいただいたこと

体験と偶然の出会いでご縁が繋がり、またそのなかで学ばせてもらえること

 

生まれてこの方、様々な点をたくさんにいただいて来て

まさに書が、そして吟遊詩人のような語りがそのすべての点を少しずつつなぎ合わせてくれるような

 

まさに理屈はあとから付いてきて繋ぎ合い

 

勉強せんでもええ…と言われたことが

またこのことなのかもと

書で、また巡り合った語りで学べということなのかと…

 

たくさんに問うてもらえるよいお言葉を心に残していただきました

可愛い?お言葉やお姿と共に厳しいお顔も重い言葉も優しく大切に心に温めて参ります

 

点と点を結び合わせて

どんな私になってくれますか

 

頑張ります

2026-07-03 10:09:00

ギフト

第5週はお稽古がなく、私にとってとてもありがたい日なのです

大層な個展の片付けも日々のすることに追われてなかなかはかどらず。ようやくわがアトリエの部分までたどり着き。

片付かないままに毎日展の作品書き上げ、今は日展、現代展、佐久臨書展…と書きながら、ボチボチ。

 

昨日作品東京に送り、第5週の時間のゆとりもでき。事務長まりちゃん来てもらって大掃除!

 

個展の2番手作品の山の中から、「書は散なり」で開かれた本と山主様の御本が出てきて。

書は散なりとは昨年の二十人展の折、井茂圭洞先生が語られた言葉で、いつもお話に上がる言葉なのだそうですがはじめて聞きおよび。その言葉を心に家に帰ってなにげに本を開いたらまさにこのページが飛び込んできて。またこの本からもその意味を教えていただいて。とても感動致しました

 

山主様のご本と共に個展の作品づくりの時に必死に読んでいたのでしょうね。まさに必死すぎてその時のことは覚えてなくて…

子育ての時もそうだったけれど、人間ある限界?のところを超えるとまさにその時にやっていたことも覚えもなくなってしまうのかと、そんな経験も思い出されてしまいました

 

書は散なりを思い出させてもらったその夜に、お大師様の聾瞽指帰のお話

私の書への思いも、東京での事も、思い出されて…

 

はい。しっかりとその時の心思いを胸に刻みますと。そう思い

そう。見つけた時に写メもしっかり撮りました

 

心して頑張ります

 

今日の救いの夢もありがたく

天の温かいお心にお二人の優しいお顔を思いだす

 

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2026-07-03 09:32:00

聾瞽指帰

空海の入唐以前の青年の書

 

王羲之を基底に、しっかりと丁寧にそして湧き上がる思いも込められた、誠実な青年の姿が浮かび上がるような感覚を覚えたことが思い出される

それからのお大師様の素晴らしい書の広がり

 

比べものにはなりませんが

私にとっては東京、東の書、石飛博光を学ぶことは

まさに入唐だったのかのような

近鉄電車しか乗ったことなく今里から上六にお嫁に行った少女にとって東京とはまさしく唐のような

 

何気に新しい書、詩文書を学びたいなぁと思った思いは天に通じ

大人となって一人東京で学んだ書は

大きく変わり

西の高野山でもご評価いただき

 

この道のありがたいこと、そして思わぬお導きに

新ためて心に思いが、そして感謝が…

 

心から心から手を合わす

2026-07-03 08:26:00

睡眠

私の体調乱す変な寝方したからか

重い寝覚め

わかっていながらやばい、やってしまった…と

 

この頃大丈夫だったのでちょっと安心していたのですが、余りに情報量心の震え感動が多すぎたのでしょうか…

でも、おー、いややなぁと思っているうちに二度寝

しっかりとはっきりと夢を見ました

 

深層心理と知らせが相まみえたような

しっかりと調べて

しっかりと読み解いてみよう

 

昨晩の対談、表面しかなぞられていないけれど

身体は精神であるだったかな?

それももう一度ちゃんと聞き直して…

 

 

 

 

 

2026-07-02 22:57:00

偶然

偶然や運命という事のある対談をアーカイブで

のっけのお話、まくらのようなところで

 

anan、non・no

の本とファッションの話がが出てきて…

昨日投稿した私の日記と

お題そのもののあまりの偶然にびっくりして

 

その後の理論的なお話も、感心しながら聞いていたのに、何がどうだったかやはり気もそぞろだったかのような

確か、運命も様々な理解があって

身体感覚のことも

 

 

でも確かに永年度重なる偶然に見舞われ、内容もある意味超えていたり

どう理解すればよいのでしょう

 

冷静になってもう一度対談のお話を聞いてみたら

何か正解が得られるでしょうか